私の診療と研究が目指すもの
鶴見西口更年期リウマチ科クリニック開設にあたって
宮地清光
慶応義塾大学医学部を卒業し50年が経過しました。この齢になってなぜ、更年期リウマチ科クリニックの新規開業に踏み切ったのか?
東寺尾第2クリニックが老朽化したこと、鶴見駅前に絶好な場所が空いたことも1つのきっかけですが、女性の更年期と関節症状を結び付けた外来を開きたいと思っていたことが一番の理由です。この治療(HRTとピルの投与)をもうしばらく継続してエビデンスを蓄積することで、臨床に定着させ、世界的に認知させること、多くの女性がこの治療で、痛みから解放されることが、私の願いです。この治療が普及すれば、関節リウマチや膠原病の発症が約50%に減少する可能性があることを、ぜひ、皆さんに知っていただきたいと思います。
研究者としての経歴
1975年頃、抗核抗体の分析は蛍光抗体間接法による核の染色パターンによって行われていましたが、私は大学のリウマチ研究室在籍中に、2重免疫拡散法により、抗RNP, 抗Sm、と抗SSB抗体を独自に同定し、その他正体不明の沈降抗体Xを見出しました。それをDr.Eng M Tanに認められたことから、サンディエゴのScripps Clinic Instituteに留学することになりました。留学先で指導を受けたDr.Tanの卓抜した洞察力は、凡人の私には思いつかないものでした。この患者さんの血清は複数の抗体を持ち、抗native DNA抗体のほか、抗DNAヒストン抗体も含んでおり、解析に苦労しました。これらの抗体を取り除いて得られた、正体不明の抗体を特定の細胞周期に出現するタンパクとして、増殖細胞核抗原(proliferating cell nuclear antigen, PCNA)と命名しました。その後、私の研究を引き継いだ順天堂大学医学部の高崎芳成先生が見事に解析し、DNA複製の際、なくてはならないタンパクであることが報告されました。現在、病理診断の多くは抗Ki-67抗体が利用されますが、PCNAモノクロナール抗体もホルマリン切片下では細胞増殖能力、移植片の再生、定着の具合を見るのに応用されています。
膠原病の自己抗体は、その後、免疫沈降法の開発とともにそのタンパクの分子量が次々と解析され、やがてタンパクが同定されました。開業医の私は、大学のような設備も資金力もないので、1995年ころより膠原病の自己抗体の解析はやめ、あまりやられていない自己免疫性肝疾患(PBC, AIH)の研究に転換しました。中でも抗核膜抗体に目を向け、新潟大学理学部の堀米恒好先生の協力を得て抗gp210抗体、抗p62抗体などの研究を手掛け、特に進行するPBCに出現することを日本で初めて報告しました。その他、抗LKM抗体も日本で初めて同定しました。
抗核抗体の昔ながらの、①homogenous、②peripheral、③speckled、④nucleolarの4種の分類に加えて、Dr, Tanの研究室で⑤discrete speckledが同定され、さらに⑥細胞周期関連型、⑦核膜型の2つについては、私とカルガリー大学のMarvin Fritzler教授の協力によるもので、現在必須の分類パターンとなっています。
2002年ころにインフルエンザの迅速診断キットが保険適応になり、多くのインフルエンザ患者さんに施行し、その有効性を2002年日本医事新報誌上で報告し、その後日本臨床内科学会の先生がたと一緒に報告しました。また、2008年に新型インフルエンザ(パンデミック)にA型のインフルエンザには以前より使われていたアマンタジン(シンメトレル®)が著効することを報告しました。
臨床医としての経歴
-女性ホルモンの低下と自己免疫現象の関連-
2002年、更年期関節症を関節リウマチと誤診をしてしまったことが大きな転換点となりました。リウマチ専門医が更年期関節症を知らないことを恥じ、その後更年期と加齢のヘルスケア学会、さらに日本更年期学会(現在日本女性医学学会)に所属し、ほぼ毎年、内科リウマチ専門医の立場から学会報告を行い、2008年日本女性医学学会の専門医試験に合格しました。
現在の興味の中心は女性ホルモンの低下と自己免疫現象の関連です。
40歳代に入ると女性は朝の関節のこわばり、関節の痛み、ばね指が出始めます。月経が順調な方では多くの場合、超低用量ピル(ultra-low dose estrogen progestin, LEP)が有効です。月経が不順になると、トコフェロールニコチン酸エステル 600mg/dayが有効で、その証拠に月経周期までが正常化するケースも多く認められます。
月経が停止すると、ホルモン補充療法(HRT)が大変有効ですので、良くならない関節痛があれば、ぜひ2~6か月間は試していただきたいと思います。HRTを使用される皆さんが恐れている乳がんの発症は、5年以内なら微増で、検診を継続していれば心配ありません。骨粗鬆症の予防、大腸がんの予防、アルツハイマ―の予防効果も期待でき、メリットがデメリットをはるかに上回ります。何よりも患者さんの更年期症状がなくなり、元気が出る、やる気が出る、眠れる、不安感がなくなる、仕事が出来る、集中できるなど、圧倒的にQOLが改善します。このような劇的な効果はサプリメントや漢方薬では得られません。
更年期症状と同様に、自己免疫疾患に性差があることはよく知られているところです。関節リウマチでは男性は女性の1/4以下、シェーグレン症候群に至っては1/14~1/17以下と少なく、私もこれまで、シェーグレン症候群の男性例は5人位しか経験しておりません。なぜこんなに男性は少ないのでしょうか?
私はこの5年間シェーグレン症候群研究会に参加してきましたが、私以外に性差に関して論究している方を知りません。40~60歳の女性ではエストラジオール(E2)のゆらぎが始まり、ゆっくりと低下し、やがて消失し、そしてその状況が5~10年持続します。E2の低下と揺らぎからマクロファージのNFκBとTh17の活性が高まり、IL-6, TNFαの産生が高まり、素因のある方はここでシェーグレン症候群を発症するのです。素因とは遺伝子と感染症が関与しています。男性ではそのようなテストステロン、E2の急激な変化がありません。徐々に低下するだけです。遺伝子、感染症には性差がありません。差があるのはE2だけです。ですから男性にはシェーグレン症候群の頻度が低いのです。頻度が低いものの、男性にもシェーグレン症候群は存在しています。E2の低下と揺らぎを原因と考えないと、シェーグレン症候群の性差の説明が十分にできません。
関節リウマチ診療に関する私の知見
2010年のEULAR/ACRの『関節リウマチ分類基準』にはかなりの問題があります。注意して診断すれば早期のRA診断に役立ちますが、厳密に診断基準にそわないと誤診につながるのです。特にseronegative RAは15%ぐらいにしか存在していません。関節に一致した腫脹があり、CRPが上昇し、関節エコーでパワードップラーgrade2が 2か所以上あることが必要です。生物学的製剤の適応についても、本院では10年以上前から病初期で白血球増多もしくは血小板増多があれば、IL-6受容体抗体製剤を使用し、血小板増多がなければTNFα阻害剤を使用して、多くの方が完全寛解を維持しています。この成績は、10年前から日本リウマチ学会で報告、2015年にopen Journalに報告*しました。大学の先生方も最近、血小板が増多しているRAには抗IL-6受容体抗体製剤を勧めています。
以上、これまでの私の研究と診療の足跡について記しました。
なお、開業まもない頃より、保健科学研究所(横浜市)の顧問として研究を継続出来たのは、久川芳三前社長、久川聡社長、樋渡恒憲様、松島広様、村田和人様、五十嵐都志子様、真柴新一様らのご協力によるものであり深く感謝しております。
私の研究の詳細については、『女性ホルモンの低下が、リウマチ膠原病を発症させる』現代書林(2012年)をお読みください。私の研究のすべてがわかります。リウマチ内科の先生方は『日本内科学会誌2019年10月号』* *をお読みくだされば幸いです。
* *宮地 清光, 猪原 明子. 更年期障害としてのリウマチ症状.日内会誌108:2107~21.